ヴィヴィアンウエストウッド歴史(70年代後半〜)
ヴィヴィアンウエストウッド歴史(70年代後半〜)
■コレクション発表の場をパリへ。
70年代後半、ヴィヴィアン・ウエストウッドがイギリスのアヴァンギャルドの象徴となった頃、彼女は ロンドンのオリンピアにおいて1981年秋・冬コレクションで最初のキャットウォークプレゼンテーションを発表しました。1982年10月、ヴィヴィアン・ウエストウッドは、マリークァント以来2人目のイギリス人デザイナーとしてそのコレクション発表の場をパリへと移します。それと共に彼女はロンドンに2番目のショップ“Nostalgia Of Mud(ノスタルジア オブ マッド)”をオープンします。その後1984年後半、この店の閉店と時を同じくして、パートナー マルコムから独立していくことになります。
■ヴィヴィアンがファッションに対する方向性を変えた重要な年に、初来日。
1984年秋、ヴィヴィアン・ウエストウッドは、東京で行われた「The Best Of Five」に、ジャンフランコ・フェレ、カルバン・クライン、クロード・モンタナ、森英恵らと共に選ばれ来日、コレクションを発表します。1984年はヴィヴィアンがファッションに対する方向性を変えた重要な年でもあります。ストリートスタイルや若者のカルチャーが、ヴィヴィアンの世界を模倣することをやめたのです。それを機に彼女は、サヴィルローテクニックの中に、17世紀のイギリスの生地に、そして18世紀のアートの中に彼女のインスピレーションの源を見つけるようになるのです。この頃に“伝統をもって未来を創る”という彼女のクリエイティビティを象徴するORBロゴが初めて使われました。